マジP!

間島淳司の日常をプロデュース!!

声と絵とそれ以外と。

数日前にtwitterで『ブログに書きます』的なことを書いたんで、今日はアニメと声優にまつわるお話。
嘘つきだと思われたくないんでね!w


日曜日にやってた『アメトーク!』のスペシャルで、昭和アニソンVS平成アニソンという企画をやっていました。

それぞれ芸人さんやタレントさんでアニソン好きの人が昭和と平成に別れ、それぞれのいいところをプレゼン、最終的にアニソンをよく知らないゲストさんにどっちが勝ちかを決めてもらうという…この勝敗って構図いる?とか思いながら見てたんですけど非常に面白く見させていただきました。
ホントアニソンって、作品によって雰囲気を変えるし、ジャズやロック、盆踊りみたいなのまでなんでも存在する音楽のるつぼみたいなとこあるんですよねー。
昭和に愛された歌は擬音が多かったり、必ずタイトルが入ってて子どもにもわかりやすい譜割りだったり。
対して平成は映像も合わせてカッコよく作られていたり、今第一線で活躍しているアーティストさんのデビューがアニメのタイアップだったりと、「あーわかるわかるw」なんて思いながら見てたんですが。

平成チームがプレゼンの中に「最近は声優さんも歌うんです!」というプレゼンをしてたんですね。
画面では実際ラブライブのライブ映像が流れたりして、声優業界の華やかな部分が切り取られていました。

…まず一個言いたいのは昭和の頃から声優さん歌ってるよ?ってことw
『ベムベムハンターこてんぐテン丸』の主題歌は主人公やってた藤田淑子さんが歌ってたし、『The・かぼちゃワイン』のEDは古川登志夫さんが歌ってたし。
今に始まったことじゃないんだよね〜、ってのは見ててツッコみたかったですねw

が言いたいのはそういうことじゃなくw
『アニメを語る上で、最近ちょっと声優さんのパワー強すぎない?』って話なんですよねー。声優やってる僕がいうのもなんですけどw

アニメを構築する1ピースとして大切なセクションではあるんですけど、個人的にはアニメーションってのはもっとたくさんのスタッフさんが関わっていて、皆が頑張ったからいい作品になるものだと思います。
打ち上げなんかでもよく話を聞きますが、アニメの企画が動き出すのって放送の2年前とかだったりするんですよ。
そっからスタッフ集めて、枠組み組んで、キャラデザとかが出来上がっていって最後の方に声優のオーディションがあって、やっと出番がやってくる。
僕らが関わるのは製作期間のほんの最後の方なんです。
たくさんの時間と愛をかけて作られてきた作品の、最後の一翼を担っただけにしてはちょっと褒美がデカすぎるな…みたいな気になるときがあるんですよねw

もちろんキャラクターが口を開けば僕らの声がするわけで、ピースとしては非常に大きいものだとは思うんですが、その前にその口を動かしているのはアニメーターさんたちで、セリフ考えてるのはシナリオライターさんで、監督がそのすべての指揮を執ってるわけでしょ?
もっとそっちにも注目して欲しい…!って思うんです。
そういう意味では特撮ってすごく良い世界なんですよ。
特撮ってやっぱり主演してたり出演してる人がフィーチャーされますけど、スーツの中に入ってるスーツアクターさんだとか、今回はシリーズ構成誰だからこういう展開になるんじゃないかとか、この話数の監督◯◯さんだからきっとこういう演出あるぞ・・・!とか、スタッフさんたちの個性を認識してるんですよねー。
どのピースが欠けても出来ないんだ、ってことが無意識下で刷り込まれてる感じというか。
そういう感じがもっとアニメ業界にも広がればいいな、と思うんです。

僕が声優の勉強してた頃はもう20年とか前なんでもう古い考え方になってしまってるのかもしれませんが、養成所の頃教えてもらってた恩師に「この中で声優になれたヤツがいたら、アニメ製作会社に菓子折り持って挨拶に行ってくれ」って言われたことがあるんです。
その頃にはもう声優を特集した雑誌なんかも出始めてる頃で、なんとなーく先生の中にもこれから声優という職業が目立つ時代がくるだろう、って感覚があったんだと思うんですよね。
でもそこで天狗にならず、地に足をつけて「アニメがあったから売れたんだ」ってことを忘れちゃダメだよ、ってことを言いたかったんだと思うんですが。
ホントにそうだなーと今でも僕は思っています。
コレ意外とわかりにくい部分なのかもしんないんですけど、僕らは声でお芝居してるじゃないですか?
でもその前に、絵がお芝居してるんですよね。
視覚的に絵が先にお芝居してくれてるから、僕たちは状況を把握して絵のお芝居に合わせたお芝居をしているんです。
普通の俳優さんはこの作業を自分の体を使って1人でやってるところを分業してるわけですね、だからこそもっとアニメーターさんたちにも注目して欲しいと思うのです。

『アメトーーク!』の中でも新しいルパンのOPが片目で見ると3Dに見えるだとか、トンでもない技術で昨今のアニメが作られてることが語られてました。
こういったすごい話がもっと世間に知られて行ったらいいのに…と思います。
そして僕ら声優も、アニメを構築する1ピースとしての誇りを持ちつつ、自分たちだけではアニメは作れないんだということを肝に銘じて、地に足つけて頑張っていかなきゃいけないなーと思うのです。



…クッソ堅い話になりましたが、アニメが好きだからアニメをもっと知ってほしいなー、って話ですねw

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考察 |

嗚呼、勘違い

ネットでいろいろ情報見てて、すげーびっくりしたことあったんで今日はそのお話を。


ベジタリアンっているでしょ?お肉食べない人。菜食主義者なんて言い方もしますよね。
こういう主義の人って何食べてると思います…?野菜?野菜のみ?
それが違うんですって。
ベジタリアンの本当の意味って『動物殺傷由来のものを避ける』ということらしく、別に野菜食べなくてもベジタリアンはベジタリアンなんだそうで。
もちろん野菜も食べていいんですけど、実際は豆だったりキノコだったり果物、海藻など、別に野菜に限らずいろんなもの食べていいんだとか。
名前のベジタリアンってのに騙されがちでそう思っちゃうってことなんですねー。
ちなみに今「じゃあなんで”ベジタリアン”なんて名前なの?」って思ってる人、いるでしょ?僕も思いましたw
実際にはこの『ベジタリアン』という言葉…その語源は、野菜のベジタブル(Vegetable)は関係ないんですって。
本当の語源はラテン語の『vegetus』という言葉で、意味は「活気のある、健康的な」というものだそう。
菜食主義だしベジタリアンだし、名前の印象でどうしたって「野菜しか食わないのかな???」とか思っちゃいますよね?
世界には知らない真実がたくさんあるんだな…と思いました。

ちなみにひと口にベジタリアンといっても、様々な住み分けがあるんですって。
いくつかご紹介。

・ノン・ミートイーター…動物の肉は食べない(魚とか玉子、乳製品はOK)
・セミ・ベジタリアン…普通の人より肉食べる量が少ない人。
・オボ・ベジタリアン…卵は食べていいベジタリアン。魚と乳製品はダメ。
・フルータリアン…収穫することで植物を殺さない食べ物だけを食べる(リンゴの実は採っても木は死なないからアリで、大根とかは食べたら死ぬからダメ)
・ビーガン(完全ベジタリアン)…食事だけじゃなくて、衣食住すべてで動物性のものの使用を極力避ける人。

まだまだ他にも細かく細分化されてるんですがキリがないのでこの辺で。
とにかくベジタリアンは野菜しか食べない人ではなく、肉を食べない人、という言い方の方がしっくり来る感じだということです。
勘違いして覚えてること、世の中にはたくさんあるんだなぁ…と思った次第。


アフレコしてても日本語の使い方で誤用のまま覚えてるものとか結構あったりするんですが、はじめて「既存」は「きぞん」じゃなくて「きそん」が正しい読みだって知った時も衝撃でしたね…みんな「きぞん」って言ってたじゃん!?誰か「きそん」なんて言ってた!?ってw
気にして聞いてるとアナウンサーさんとかはニュースできちんと「きそん」って読んでるんですよね。
思い込みで気にもしなかっただけで、実際正しく使ってる人は正しく使ってるわけで。
こういうのも調べていくとおもしろいけどキリがないですよねw

ということで他にもなんか間違って覚えてることがないかと気になったので、ネットで見つけて「へぇ〜!」と思った勘違い事件簿をいくつかご紹介しましょう。

・初老は40歳

…えー!?って思いません?w
もっとこう…老人一歩手前くらいのことを言うんだと思ってましたよね…55歳とかw
40歳は「不惑」なんて言い方するからまた別の年齢のことを指すんだとばかり…てか来年初老かよw

・「キューピー」じゃなくて「キユーピー」

これも意外ですよね!3分クッキングとかでも音的には「キューピー」と言ってるんですが、商標登録的には「キユーピー」が正しい企業名だそう。
「キューピー」で検索かけて会社のHP見ても、表記はちゃんと「キユーピー」になってました。
でも音的にはキューピー…なんだわけわからん!!w

・ムンクの叫びの絵のタイトルは「叫び」

「ムンクの叫び」って語呂で覚えてる方も多いでしょうが、作品タイトルとしては「叫び」のみなんですって。
「ムンクって画家が描いた「叫び」って絵だよー」という紹介をするために言ってた「ムンクの叫び」という呼称がそのまま絵のタイトルだと思ってしまって広まったんだとか…まぁ語呂いいしねぇw
ちなみにあの絵のあの人物、別に叫んでるわけではないそうですw
実際には「自然を貫く果てしない叫びを聞いて、耳をふさいでいる人」なんだそうで、この人は耳塞いでるだけですw

・フレンチキスはディープ

コレが一番意外だったかもしんないですね…フレンチキスってなんでか軽いキスみたいなイメージですけど、実際は舌まで絡めるガッツリディープなキスなんですって。
名前違うからてっきり違うものなんだと思ってましたが…たぶん想像してるような軽いキスはバードキスとかそういう方がイメージに近いのかもしれませんね。
「ねぇ、フレンチキスしようよ」つってガッツリされても何も間違ってないので、貴方に怒る権利はありませんw

・「あげまん」「さげまん」の「まん」はアレのことではない

対応して「あげちん」とか言ってるの聞いたことありますけど、女性とか男性とか関係ない言葉ですw
昔の芸人さんの隠語だそうで、この場合の「まん」は「間」という字が由来で、運気とか出会いとかめぐり合わせ、といった意味なんだそう。
隠語で「まん」とか、いよいよソッチにしか思えませんがw
…逆か、まんがアレだったらもう隠せてないもんねぇw


ということで世に蔓延る間違った知識をご紹介しました。

ま、僕が最近感じる間違った知識は…「声優さんは、顔がいい」みたいなのですけどねw
そんなん一部のアイドル声優やってるヤツだけや!どこに顔の要素入っとんねん!
同じカテゴリだと思われると迷惑なんだよ!!w

間違っても同じカテゴリだと勘違いすることのなきよう、自身を律して生きていきたいと思いますw

考察 |

スメル・マジック

こないだ宝田と飲んでたときに彼のすごすぎる特殊技能に気づいたんですよ。


2人で飲んでると他愛もない話をよくするんですが、その日もそんな感じでキンキョーホーコクから「もうすぐ稽古始まるねー」「(セリフを)覚えられる気がしない」など鈴木区の話、それから声優としての技術の話だったりエロい話だったりw
本当にとりとめもなくテーマ性もない話を思いつくまましてまして。
ある時飲み物を運んできた店員のお姉さんが通り過ぎた後で「ひとつ言えるのはあのお姉さんはいい匂いがするってことですね」と。

あらー、女の子の匂い嗅いでやーらしーい♪なんて話をしようと思ったんですが、先ほど通り過ぎた時宝田は別に女性に寄ったわけでもなんでもなく。
スンスン、と強く嗅ぎに行くような動作もないまま、本当にただ座ってただけなのにそう言ってきたのです。
なーんかおかしいな~と思いつつもいい匂いがするって言われると気になるじゃないですか?w
お姉さんが近くを通り過ぎた時に気にしてみると、たしかにほのかにいい香りが。
でも別に通り過ぎただけで気になる、ってほどの香りではなく、ほのかにいい香りがするって程度のもの。
その後も「奥に柑橘系の匂い感じるんだよな…」とか言うので「お前よくわかるね」と聞くと「僕、鼻いいんですよね」と。
えーそんな話聞いたことない。
てか飲み屋なんてタバコやらなんやらすげーいっぱい匂いしてるわけでしょ?平気で来るからてっきり違うかと…
で詳しく聞いてみると仰天のエピソードめっちゃ出てくるんでやんのw

そのときテーブルの上には海ぶどうつけて食べる用のポン酢と、ソース味がついた、来てだいぶ時間経って冷めてるポテトフライが。
そのタイミングでどの程度鼻がいいのか聞いたら「このポン酢と、ソースの匂い、今感じてます」。
別に宝田はテーブルに寄ってるわけでもなく、さっきから変わらず背もたれに持たれたなんなら遠ざかってる状態。
この状態で感じるとか…例えばポテトフライが温かければまだソースの匂いくらいは感じると思うんですけどポン酢て…てかポン酢ってそんな強い匂い発してないよね?
とそこに明太子が混じった焼き物が到着。
熱した明太子ってすげー匂いするじゃないですか?来た瞬間僕も「明太子ー!うまそう!」ってなりましたし、コレはさすがに誰でもわかるでしょ?
そんときに宝田が「今明太子の匂いしてるでしょ?でもポン酢とソースの匂いも感じますよ」と。

…え?ウソでしょw

人間強い匂いが来たらそれにもってかれて微かな匂いなんてわかんなくなるのが普通でしょ?
ところが宝田はその匂いが嗅ぎ分けられるんですって。
…なにそのスキルw
さらに宝田は「匂いで後ろに人がいるかわかりますよ」と言い出すのです。
なんでも匂いは対流して、少し遅れてやってくるんだそうで。
試してやろうとさっきのいい匂いの店員さんが、その話をしてる時にちょうど後ろを通りかかったので「えーそれすごくない?どのくらいわかんの?ちょっと教えてよ」とこっちに意識を向けさせようと話しかけてたんですが、通り過ぎた後に振り向いたんですよ。
「あ、やっぱ今通りましたよね」つって。
これは…本物だわw

その後も匂い話は止まらず、「人間はみんな匂いがある」「だから匂いで誰かわかる」とか言うんですよ…人によって匂いが違うのはわかるけど、そんなの近づいてクンカクンカしないとわかんないでしょ?
彼はそれをしなくてもわかるんですって。
がそんな宝田くんから一つ興味深い話をされました。
人の匂いってだいたいおうちの匂いと同じなんで、その人の匂いを強くしたような感じの匂いが家に行くとするんですって。
だけど「間島さんちはあんまり匂いしないんですよね」って。
だから居心地良かったらしいんですけど、そういうのが起こるのって近い匂いの人だとあるじゃないですか。
でも僕の匂い自体はあるんですって、宝田からすると。

だいーぶ前に鈴木区で焼き肉食べに行った時、僕の上着をたまたま羽織った女子たちが「いい匂いがするー!」つって上着を回して襟元とかの匂い嗅ぎまくられた事件がありまして、どうやら自分がいい匂いがするのは知ってたんですが、てことは理論的にはその匂いを強くした匂いが家からするはずでしょ?
でもそうじゃないらしいのです…さらにその日は30分ほどかけて歩いて飲みに行ったので、到着時僕は汗だく。
滴るほど汗をかき、それを吸い込んだ服の匂いを嗅いでもいい匂いなんですって。
前々から思ってたんですけど…僕ホント汗かくんですけど全然汗臭くならないんですよね。
歩いて汗だくになって帰宅後服脱ぎ捨てて、でも洗濯物溜まるまでは洗濯しないんで一旦乾くわけですよ。
その服の匂い嗅いでも全然臭くないの。
でも以前、「さすがに汗かきまくるからハンドタオルを持とう」と、歩くつもりで出かける時はタオルを持って出かけるようにしてた時期があったんです。
滴る汗をふきふき、でもずっと持ってると邪魔だから鬱陶しくなってきたらカバンから出して拭く、みたいなことしてたんですが、帰宅後カバンからそのタオル取り出したら汗臭かったんです。
てことは、汗自体は臭いわけですよ。
臭いのもなんかヤだなーと思ったんであんまりタオル使わなくなったんですけど、考えてみりゃ不思議な話ですよねコレ。
服が吸い込むと良くて、タオルだとダメ。

そんな疑問を匂いのスペシャリスト・宝田氏に聞いて見ると「匂いは雑菌の繁殖が原因」だそう。
おそらくタオルが洗った時生乾きかなんかで、それが汗を吸った時に反応したんじゃないか、と。
おーなるほど納得、と一瞬思ったんですけど、そうなるとちょっと待て、ってことになるんですよ…じゃあなんで服に吸い込まれた汗は臭わないんだと。
同じ布なのに、汗吸って乾いても雑菌繁殖してない、ってことになるわけでしょ?
そんなわけはない…きっと匂いは出るはずなんだ。これは…いったい……???

匂いに詳しい宝田くんももちろん正確な解答は出せず「だから前々からおかしいとは思ってたんスよ」と謎は謎のまま。
結果その日の答えは「僕の体にはファブリーズ的な何か秘密がある」ということにw


…これってトリビアになりませんか?w
匂いに詳しい専門家の方、何部咲きか調査をお願いしますw

考察 |

ビッグな読み

大好き 大相撲 大問題 大道具。

それぞれなんて読みました?

だいすき おおずもう だいもんだい おおどうぐ ですよね。


コレ前からずーっと気になってたんですけど、同じ漢字の『大』なのに、「だい」だったり「おお」だったりと読みが変わるじゃないですか?
なんのルールで決まるの?って思いません?

耳馴染みのあるものや、大道具みたいに「大」も含めた慣用句みたいになってるものは迷わず読めますけど、あんま使わない言葉だったりしたら迷いますよねーこれ。
そんなことを初めて思ったのは、東京は新宿西口にある『大ガード』。
さあどっちで読みますー?「おおガード」?「だいガード」?

僕は上京して実際に行くまで、だいガードだと思ってました。
だって…その昔アニメで『地球防衛企業 ダイ・ガード』ってのがあったんだもんw
ダイ・ガードと大ガードは別物なのはわかってるけど、あそこから取ったと思うじゃない!w
でも正解は『おおガード』なんだそうです。
実際大ガードのとこにある信号に、アルファベットで『ogado』って書いてあるんだから間違いありません、あれは、「おおガード」。


地名や役職の場合は正解がありますけど、何かの規模がでっかくなったよ!みたいな場合で使われる『大』の読みにルールはあるのでしょうか。
「大騒動」はおおそうどうとも読みそうだけどだいそうどうが正解っぽい気がします。
でも同じような意味の「大騒ぎ」はおおさわぎであって、だいさわぎではないです。
なんかしらルールがありそうですよね……ということで調べてみました。

文化庁が決めたルールでは以下のようになってるそう。

『音読みの語(漢語)の上に、『大』がついた場合は、おおかた『ダイ』と読む。』

…「おおかた」ってのが引っかかりますが、これでさっきの『大騒動』『大騒ぎ』は解決されました。
騒動の場合『騒』の字は音読みなので「だい」になり、騒ぐ、という訓読みの場合は「おお」になるわけです。

…と思いきや。

実は『大騒動』の読みは「おおそうどう」が正解なのですw
例に挙げたものがまさかの「おおかた」に含まれない方だとは!!w
日本語なんなん!w
まぁ大多数のものは上のルールが適応されるそうなので良いんですが、イマイチ判然としないですよね~。


と別のところで調べてみると、も少しスッキリする答えが見つかりました。

『日本古来の和語につく場合は「おお」になり、中国など海外から入ってきた外来語の場合は「だい」になる』。 

…なんとなく「なるほど」って思いません?
今まで考えてませんでしたが大ショックとか大セールとか、カタカナにつく場合はほとんど「だい」って読みますもんね。
同じルールが漢字の場合にも適用されて、中国から来た言葉…まぁ音読みのものですね、これは「だい」になる、ってことのようです。
…まぁそれこそ「大ガード」みたいにカタカナでも適用外のものもあるんですけどw

ちなみに大ガードの場合は由来に理由があるそうで、昔あのへんには大きな桟橋、大さん橋があったそうで。
その大さん橋が大ガードに取って代わった結果、最後の爪痕遺すかのごとく読みだけが残って、カタカナなのに「おおガード」という読みになったんだそう。


こういうのも調べてみると知らない発見があるもんですね。
あー、大おっぱいを大揉みして大満足したーいw

考察 |

嗚呼、諸行無常。

みんな大好き灌仏会。

…覚えてます?お釈迦様の誕生を祝う行事の名前ですよ〜?
そこからふとした思いつきで調べ始めたお釈迦様の人生。
昨日はその半生・菩提樹の下で悟りを開いた35歳の頃までをご紹介しました。
お釈迦様が没されたのは80歳の時のことらしいのであと半分ちょっと、時間の許す限りお話していこうと思います〜。

ちなみに言っておきますが、実家は仏教でしょうけど僕は無神論者ですw


遂に悟りを開いたシッダールタこと、ブッダ。
彼はしばらくその余韻に浸るかの如く木の下で瞑想を続けます。
そこで「この悟り、まだ悟りを開いてない人に教えてあげようか…」と悩み考えますが、結局は教えない道を選びますw
理由も明確で「言葉で聞いてもみんな悟れないだろうから、言うだけ無駄だからやめよう」というものw
ところがそこに梵天様が現れて「頼む!頼むって!な!?説こうぜ教え!!」「イヤですだって無駄だもん」というやりとりを3度も繰り返し、「そんなに言うなら…」と、自らの悟りの確信を得るために、とかつてともに修行をした5人の仲間に教えを説くことを決意します。
…たしかにその5人なら、一般の人よりは話して聞かせたら悟り開ける可能性ありそうですもんねw

街を移動し彼らに会うと、ブッダは5人を前にお話を始めます。
ざっくり言うと「この世の真理は苦しみだけど、それには原因があって克服できるよ〜?」ということと「これが”正しい修行の仕方”とその考え方だ!」みたいなこと。
苦行がイヤで逃げ出したと思ってる5人は最初はバカにしていたものの、次第にブッダの話に感銘を受け、なんやかんや皆して悟りを開きました。
ちなみにこの時の説法を、5人以外にもシカが聞いていたとされており、奈良でシカが大事にされてるのはそういう理由からなんだよ、ということも書いてありました。
どうりで…シカめ、盗み聞きして徳を得るなんてずるいぞw

その後悟りを開いた6人は教団を結成、教えを説いてまわり、その教えに他の宗教者たちも賛同、自らの信者もまるごと信者に、ということを繰り返していくうちにすぐに教団は1000人を超える規模に。
教えは国を飛び越え近隣諸国にまで広まり、お金の援助を申し出る信者なんかも出てきて、わずか5年ほどで「ちゃんと戒律とか作らないとマズイよね」ってくらい大きな集団になっていきます。


がここからの人生は、亡くなる直前・79歳の頃までの記述がほとんどないそうで。
39年ほど歴史を進めてみたいと思います。

ブッダは大勢の弟子を連れ、最後の教えの旅に出ます。
街を転々としながら弟子たちによる質問に答え、戒めを守ることの大切さ、亡くなった人々の運命、悟りに至るための4種の観念、仏教を志すものが修めるべき基礎的修行項目といったことを説いていきます。
この後大きな病にかかりますが、この病は無事完治。
最後の旅へと赴きます。
たどり着いた街でも同じように教えを説きながら過ごしていた時、突如激しい腹痛に襲われ倒れ、沙羅双樹という樹の元で横になると、そのままこの世を去りました。
原因は…まさかの食中毒。

その後ブッダは火葬され送り出されますが、遺された弟子たちが「ブッダの教えが誤って独り歩きしないように」と、500人の弟子たちが集まり記憶を元に編纂され、それが今の経典につながっていく…と、こういう話だそうです。


いかがでしょう、ブッダの人生…思っていたより神々しくなく、神であるというよりは人の延長、といった印象を受けるのは僕だけでしょうか。
母の脇から生まれ生まれてすぐに立って歩いて喋った赤子が、最期食中毒で亡くなるというのも…やはり人である感じがしてとても身近な感じがします。

そして釈迦がたどり着いた悟りの境地、それがなんであるかということを簡単にいうならば「執着を捨てろ」ということのようです。
この世の物事はすべて移ろいゆくのに、人間という生き物は様々なものに執着するから、変わらないことを願い、変わらないと思い込む。
執着を捨て、すべてをあるがまま受け止めることでしか、苦しみから解き放たれることは出来ない。
平安とは”苦しみから解き放たれること”でしか手に入れられないものであるからこそ、惑わされることなく現実を直視し、執着を断つことこそが悟りへの道である、と。
『諸行無常』ってのがまさにそのことを表しているそうですが、この『無常』を受け入れることで、人は真の意味で自由になり、輪廻の外に出ることさえも可能になる…とかなんとか、そんな考えが仏教の教えのようです。

また『色即是空、空即是色』という言葉に出てくる『空』という言葉。
コレも「からっぽ」という意味ではなく、いうなれば”すべて”という意味合いがあるようです。
人はすべてのものとつながっていて、それは身近な親、友達といった人だけでなく、生きとし生けるもの、口にする食べ物、植物や日光や水、果ては宇宙のすべてのものとつながり、すべての物質と溶け合っている、という考え方を、仏教の世界では『空』という一文字で表現するのです。
この世の全ては”空”であり、すなわちこの世にあるものはすべてあなたと同じものなんだよ、という考え方。
地球どころか、宇宙まるごと一つの生命体である、とでもいうべき考えが、ブッダがたどり着いた真実の一つの姿なのです。


さあ、花まつりから始まった仏教の世界の旅。
いくつかの文献を辿りながら僕なりにわかりやすく書き直しているので、多少ムチャクチャ書いてあるところもあるかもしれませんが、大筋では間違っていないはずですw
どんな事柄でもですが、そのすべてを知るということは非常に難しいもの。
でもその一端を、わかりやすい形でならスッと入ってきて興味を持てたりするんですよね。
冒頭で無神論者と書きましたが、今回調べて仏教というものの根底にある教えは間違っていない素晴らしいものだと体感することが出来ました。
花まつりには間に合いませんでしたが、何かの折にお寺さんに行ってありがたい話を聞く、なんて選択肢も悪くないな、と思えたことが、今回得た最大のプレゼントかもしれません。


さあみんな、レッツ・仏教w(ふざけずにはいられない悟りから最も遠いこの位置よw)
考察 |
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