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マジP!

間島淳司の日常をプロデュース!!

マメのコトダマ

鬼はー外ー♪

福はー内ー♪



ここ最近街を出歩くたびに見かける恵方巻き、節分の文字。
それどころか更に先のバレンタインに関する商品扱ってまっせ☆的な文字まで踊る街中…なんだよなんだよずいぶん気がはえぇな!
まだ年明けたばっかだっつーのに!!

とか思ってたらもう節分過ぎてたよおかーさーーーーーん!!w

書いてる時点ではまだ節分当日ですけどねw

さて毎年やってくる節分。
恵方巻きのこと調べたり節分の由来について調べたりといろいろ調べ物もしてるんですが、なんで節分の日に豆を撒くのかについてはまだ調べたことなかったんですねー、意外や意外。

ということで、気になったので調べてみましたw

豆まきの由来としては、古来中国から伝わった『追儺(ついな)』という風習が由来となっているようです。
そもそも節分とは季節の分かれ目のこと。
なので本来は年4回、立春・立夏・立秋・立冬の前日すべてを『節分』と呼ぶんですが、江戸時代くらいから”春の訪れ”に重きをおくようになりました。
辛い冬を乗り越え春が来る…そこに一年の始まりのようなイメージを持ったんでしょうね。
そのためそれ以降『節分』といえば立春の前日…2月のこの時期のものを指すようになったと。

…がコレはあんま追儺とは関係ありませんw

奈良時代…文武天皇の時代、大晦日に陰陽師によって中国から伝わった厄祓いの行事・追儺が行われました。
様々な災いをもたらす鬼、当時は疫病とかが多かったようですがそれを払う行事が追儺。
細かな内容としては、黄金の仮面を被った陰陽師が、鬼の姿に扮した官職に就く者たちに豆を撒き邪を払う、といった行事で、これを『豆うち』と呼んでいました。


また昔話の中に、京都の鞍馬山に鬼が出た時、毘沙門天のお告げにより大豆を鬼の目にぶつけ退治した、といった話があるそうで。
鬼の目…”魔の目”に”豆”を投げつけて、”魔を滅”したという、ダブルミーニングならぬトリプルミーニング的なかけ言葉であるという解釈もあるんですって。
かけ言葉とかトリプルミーニングとかいうとなーんか安っぽい感じもしますが、日本には言霊という言葉がありますからこういうのは実に神聖で意味のあるものとして受け止められていたんでしょう。

また先程からのどちらの話もそうですが、鬼というものは『災いの象徴』として描かれることが多く、豆によって滅せられる”鬼”とは単に怪物の呼称ではなく人智を超えた災い(病気や災害、飢饉など)の総称でもあるのです。
そういった様々な災いを、『魔滅(まめ)』という言霊に乗せて払っていたわけですね。


ちなみに節分に撒く豆…これは炒った豆でないと意味が無いんですって。
理由は2つ。
1つは生の豆を使ったあと拾い忘れて、そこから芽が出ると縁起が悪いから。
払うのに使った豆には邪気が含まれるということでしょうか…確かにソレが芽吹くんだとしたらなんかイヤな感じしますよね。
2つ目の理由はまた言霊的な理由です。
よく和風RPGや小説なんかで登場する「木火土金水!」でお馴染み陰陽五行説。
鬼や豆をこれに当てはめるとどちらも『金』属性になるんだそうで、五行相剋的にいうと”火は金を剋する”ことになるので、金属性の豆を火属性で炒ることで、同じく金属性の鬼を”射る”ことに通ずるんだとかなんとか。
で炒った豆の中に鬼は封じられ、その豆を最後に食べることで晴れて鬼退治、となるんですって。


とまぁ「なんで豆撒くのん?」という疑問から始まったにしては奈良時代にまで話は飛びずいぶんと大掛かりな話になりましたが、それなりにタメになったのではないでしょうか。
たまには…真面目なことを真面目に調べて終わりにしてみたいと思いますw





もー、マジメとか急に変なこと言い出すとォ〜……

お茶噴くわ〜、ウチw(どうしても真面目にしめられない姿勢w)
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