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マジP!

間島淳司の日常をプロデュース!!

いまこそわかれめ

春は出会いと別れの季節。

…と何度目かの同じ出だしで始めてみましたがw
今日はまた違う切り口で。


4月に入るとこと『出会い』の頻度が増えてきますが今日はあえて別れの話をしようと思います。

会社、学校、様々な場で別れを経験することってあると思います。
僕もつい最近でいえば鈴木区の『ヒロアゴ!』で。
たくさんの人と出会い、稽古が始まり、次第に打ち解け仲間になって。
舞台が始まり、楽しい時間はあっという間に過ぎ、楽日…打ち上がってお別れ。
鈴木区メンバーはけっこう舞台上でも泣いてる人が多かったですが、あれって『楽しい時間にお別れするのが辛い』ってのも要因の一つだと思うんです。
今のこの楽しい時間が長く続けばいい、ずっとこうしてみんなと舞台を、ヒロアゴを続けていたい、みたいな気持ち。
でも相反して舞台は終わってしまう…
それが涙になって溢れていくというか。

人それぞれ考え方は違うのであの時泣いていた人全員が同じではないでしょうが、こういう気持ちで泣いていた人もきっといると思うんです。
僕も…もちろんそういう気持ちはありました。
もっと続けばいい、この楽しい仲間とずっと一緒に何かを作っていたい…。
が涙は流れずずっと笑顔でした。


だって楽しいんだもんw


仕事やプライベート、様々な場所で別れを経験することがありますがその大半で僕…あんまり悲しい気持ちにならないんですよ。
さすがに死別や恋人との別れとか、そういう人生に関わるレベルのものは悲しいですけど、それ以外のところでは悲しくならない。
僕の中で印象深い別れのエピソードといえば、Memories Offを作っていた会社・株式会社KIDさんがなくなった時のことが浮かぶんですが。
突然のことでみんな衝撃と哀しみに暮れてて、役者の中にも『もうあのキャラに会えなくなるの!?』とかそういった喪失感が流れてて。
「どうしよう間島さん!」なんてことを言われたこともありましたが、あの時にも僕の中にはある不思議な感覚が流れてたんです。

「きっとどっかでまた会える」と。

そんなタイヘンな状況になっても不思議とそういう感覚があって、『悲しい』という感覚ではなく『少し間が空くのかな』くらいのヘンな感じでしたw
たぶんですけど、デビューからずっと稲穂信という役を演じてて、それはもう『もう一人の僕』みたいなもので、例えホントに作品が終わったとしてもそれは僕にとって終わりではなくて。
描かれないだけで彼の人生は続いていくし、信は僕の中に生き続けてて、会おうと思えばいつでも会える…そんな感覚があったから悲しくならなかったんだと思います。
結果的には有り難いことに未だに演じさせてもらってますが、仮にホントに終わってたとしてもそんな感じだったんじゃないかなぁ…と。

会社の自体としてはとんでもなくタイヘンなことで、関わってた人の今後とか行く末とかは気になってましたけどねw


他のこと…例えば『ヒロアゴ!』の時にもおんなじような感覚があって、鈴木区のメンバーとも僕の中では「会おうと思えばいつでも会える」感覚で。
それは客演で出てて仲良くなった奥田くんことおっくんとも、終わって北海道に帰ってった長谷くんともそうで。
ヒロアゴ!って作品にしても、皆さんの前で演じるのはもしかしたら最後になるかもしれないけど、見た人の心でもそうだし、僕の中でも確実にキャラクターもストーリーも生き続けてて、つまりそれは別れではなく。
人でも役でも、一度繋いだ強い絆は距離や時間では断ち切ることも消えることもなくて、逆に言えば絆が消えなければ何が起きてもそれは悲しいことなんかではないというか。

たぶん僕の中では『今生の』とか『永遠の』とかがイメージ出来ないと悲しくならないんでしょうw
「あれこれ…どっかでまた会えるな」とか思えた瞬間笑顔一択、みたいなw


でもなんつーか、自分でわかってても自分の中で別れの瞬間悲しくならないってのはなんだか…後ろめたい気持ちみたいになるもんでしてw
端から見てると別れを惜しんで大号泣してる中一人だけヘラヘラしてたら、なんか愛の無いヤツみたいに見えるじゃないですかw

そうじゃないんだ!大好きだから別れは辛いんだ!でも悲しくはないんだ!!という…謎の感覚によく苛まれます、というお話w
解釈の違いなんでしょうけど…どうやったら永遠じゃない別れで悲しみって襲ってくるんでしょうねw
誰かおせーてw
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