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マジP!

間島淳司の日常をプロデュース!!

刺したり刺されたり

稽古を見ていて、いろいろ思う事あり。



それが今回の芝居と関係ないことだっていうから困りものなんですがw

お芝居で気持ちが届く事を「刺さる」って表現したりすることってありません?
気持ちに指向性の問題とかあんのかwとかいろいろツッコミどころもあるんですが、この『刺さる』って表現がどうにも気になりまして。

たぶん『届く』『届いた』ってのが、見てる側からの表現だと思うのですよ。
刺さるってのは役者側、刺した側の表現なのかな、なんて思ったりしたんですが、それにしてはずいぶんと過激な表現するなーと思うわけです。

見てるお客さんに気持ちを刺してやりたい!という願望を役者が持っているのであるならば、役者は基本的にはSなんじゃないかと。
かように思った次第でして。
普段どんなにMだとか言ってる人も、役者ならS。
だって刺したいからw

例えば僕なんかは前に出たくない、人見知りだという一風風変わりな役者なわけですが、前に出ないスタンスだとしてもお客さんに気持ちを刺したいならS。
他のSの人の気持ちがもっと刺さるようにお手伝いしたいのだとしても、自分から刺しに行かないまでももっと刺さるように助けるのならそれもS。

つまりなにしようがどんなスタンスだろうが、大概役者なんてSの集団だ、という考え方も出来るわけですw

逆にいえば『刺さりたい』っつってわざわざTV着けたり舞台観に行ったりする人はドMw
お前らみんなドMなんじゃ!!w



かと思えば、考えてみりゃ僕もみんなももとはいち視聴者。
『もとは』っつか未だにライダー見てヾ(*´∀`*)ノキャッキャしたりにゃんこい見て(;´Д`)ハァハァしたりしてるくらいだから、未だに視聴者的目線はあるわけで。
てことは僕は、SだけどM?ってことになり……あぁもうわけわからんw


人間って、SとかMとかそんなくくりじゃ決めつけられないですね。

という今更の結論で締めくくってみたりw
そもそもこの理論展開もかなーり無理のある一方的な考え方ですしねぇ。
まぁ固定観念に縛られない自由な発想を養うテスト、みたいなことですわ。

こういう仕事をしているからこそ、縛られずに自由な発想を持ち合わせていたいものです。










ちなみに僕は、自分ではMだと思ってますが、周りからはSだと言われますw
もうわけわからんw
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