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マジP!

間島淳司の日常をプロデュース!!

話し方に気をつけろ

世の中は表裏一体。
表側の面があるなら当然裏の面があります。


「光在るところ、必ず影ができる。」
悪役セリフのテンプレみたいなヤツですが、実に真理を体現しているセリフだと思います。
どんなものにも表と裏があり、その表裏が一体となってひとつである。
数々の作品で例えるとわかりやすいですが、だいたいの物語で「深ぇ…」と感じるものってこの”表裏”を使ってることが多いと思います。

例えば僕が出てた『暗殺教室』。
殺さねばならない敵として出会った殺せんせー。
授業を通じて心を通わせる生徒たち…クラスは「殺す派」と「殺さない派」に別れ、学校の裏山でクラスを2つに分けたバトルを繰り広げます。

例えば僕の大好きな『機動武闘伝Gガンダム』。
主人公・ドモンが師として慕っていた東方不敗が、ある日突然敵の幹部の一人だということが発覚。
裏切りを信じたくないドモン…でも現実に師匠は敵としてドモンに襲いかかる。
いつしかドモンも超えねばならない”敵”として師と対峙し、撃破。
戦いの後師匠は弟子の胸で、地球を救うために選んだ選択肢が主人公とは逆だったことを語り、息絶えていきます。

『暗殺教室』ではクラスの生徒は皆せんせーのこと、自分たちとせんせーの関係を守るために意見が対立。
同じプロセスを経て考えたのに別の答えにたどり着いた結果の戦いです。
『Gガンダム』でも、師匠とドモンは同じく地球のために戦う部分がありつつも、その辿り着いた答えが正反対であり、結果師弟は戦いの中に身を投じていくことになるわけです。
この場合はドモンや視聴者には『師匠の真意』は伝わっておらず、「主人公の邪魔をするワルモノ」として師匠が描かれているため、ラストバトルで師匠が息絶える際にドモンも視聴者も涙を流すのです…泣いたー。


このように、表裏が存在すると”表から見ているもの”には”裏側”が見えず、それを巧みに使った物語や、表と裏両方を見せることで視聴者に選択や動揺、感動を与える、という手法が使えるわけです。
子供向け作品なんかでは敵は「誰が見ても悪いヤツ」として描かれるケースが多く、やっつけられて爽快、というかたちを取ることで視聴者である子どもたちに悪は良くないものなんだ、正義は勝つんだということを教える意味がありますよね。
それまでアニメはそういう「子どもたちに向けて作られたわかりやすいもの」だったという既成概念を打ち壊し、連邦軍とジオン、どちらにも正義があり、見る側によって正義は違うんだ、ということを描いた『機動戦士ガンダム』という作品は非常に素晴らしい作品である、ということなのです。


作品に例えるとわかりやすいので今までお話してきましたが、考えてみればコインにだって表裏があるわけで、物質だろうと概念だろうとなんにだって表裏があるということがわかります。
物語にまでいかない”言葉”にだって、表裏があります…それによって非常にイメージが変わるのです。

例えば『お刺身』。
魚に限らずですが食品は”鮮度”が大切。
水揚げされた直後のお魚を捌いて食べてる映像とか見てるとすっごい美味しそうじゃないですか?
でも例えば、水揚げされたて捌きたての魚で作った刺し身のことをこう表現したらどうでしょうか。

「さっきまで泳いでた、死んだ魚の生肉」

…うわー、不味そう、こんなん絶対食べたくないw
でも意味としては同じなのでこれもまた”表裏”。言い方の表裏で受け取り方がこんなに変わります。

例えば『美人』。
初対面の人に「すっごい綺麗」とか「美人だねー」とか言われるのって照れくさいし、言う側もきっと照れくさいはず。
僕だったら思っても言えませんw
その言い換えが「好みのタイプ」とか「顔が好み」とかになるわけですが、これが行き過ぎると褒められてるはずなのになんかムカつく印象になります。

「親がその顔に生んでくれてよかったねー」

これだと「顔が綺麗じゃなかったらお前は最悪」と言われているかのような、言ってもいない”裏”がプンプン伝わってきて言われた側は素直に喜べないどころか下手したらそれこそ激おこプンプンですw


このように同じ事象でも、”表”と”裏”を間違えるとタイヘンなことになる、ということです。
いつでも正しい方…オモテが選べると良いですよね。


ただし。

”おもてなし”される際には、表無し…”ウラがある”ということも忘れずにw

という最後をラーメンズのネタで締めるというまさかの暴挙w
好きなんですよねーこのセリフ。
まぁおもてなしって「もてなし」だから表とか裏とか関係ないのはわかってるんですけどねw
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