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マジP!

間島淳司の日常をプロデュース!!

ギャップ・システム

スペシャルでやってた『しくじり先生』見ててね、人の人生にはホントいろんなことがあるんだなーと思ったのです。


番組の性質上栄光と挫折を味わった人がその人の人生を振り返るわけで、良い時と悪い時の差が激しいのがこの番組の特徴でありウリでもあると思うんですが、当たり前ですが大多数の人がその「しくじり」の状態から抜け出しているからこそこの場で『教訓』というカタチでお話ができるわけで、皆さん乗り越えてるわけです。
初めから気づいていればそんなハードモードな人生送らなくてもいいんでしょうけど気づけなかったからそうなってしまって。
でもそっから這い上がってきて、「あの経験があるから今の自分があるんだ」なんて境地にまで達してたりして。
そういう姿を授業を通して見ていると、すごいなぁ…強いんだなぁ…と思うわけです。

で自分の人生とかも考えてみるわけですよ、どんなもんなのか。

幸い大きなしくじりもなく起伏の弱い平坦な人生を送らせてもらってて「あの番組には出られねえな」と思いますw
大きな栄光を得てもいないけどそのかわり大きなしくじりも体験しなくていいのですからある意味では幸せな部類なのだろうと感じます。
この歳になっても主役をいただけることもあれば、脇で支える役でも呼んでいただいて、本当に周りの方に支えられて生きてるな…と。
我々は役者なのでそういうお芝居の良し悪しとかで人生が決まる部分もあるわけです…ありがたし。

が。がですよ。
その『お芝居』ってヤツがね…ホント難しいw

共演してる周りの方々を見てると「みんな上手いなー」と思うわけです、ベテランはもちろん端役で来てる若手の子に対してもそう思います。
自分だったらそういうアプローチで正解出せないだろうな〜とか、自分が若手の頃だったらあの歳であんなお芝居出来てなかったな〜とか、みんな自分に出来ないことやってるように見えるからそう思うんですが。
そういう時にホントに「自分はまだまだだな」と感じます。
一方で主に若手の子とかから「間島さんてお芝居上手いですよね」とか言われることもあるわけです。
そんなことねぇよおじさんめっちゃ悩みながらお芝居してるで、と心の中で思いつつもせっかく認めてくれてるんだからヘシ折りにいくこともないだろうと口では「ありがとう」というようにはしてますが、こうして「上手い」といってくれる人が少なからずいるわけで、どうやら僕もその「上手い」という部類の中に入ってはいるようなのです…これがまったく自覚がないんですがw
もちろんクソ下手雑魚野郎だとは思いませんけど、「上手い」などという言葉で形容できるほど上手いとは思ってないので、このへんの感覚のギャップってどうにかならんかなーと思うんですよね。

でいっちょこの感覚の差がどう生まれるのか考察してみようじゃねぇかと。今後の自分のためにもw

まず僕が何をもって「上手い」と感じるかですが。
物語に描かれている芝居を的確に演じられるか。描かれている以上のことが出来ているか。自分にないアプローチでお芝居してるか、あたりが僕の中のわかりやすい「上手いな」と思う基準だったりします。
お芝居って体で表現する前の段階がまず大事で、台本を読んでその物語、そのシーンをどう解釈したかがまずなきゃいけないわけです。
監督や脚本家さんの意図があって、それを読み解いて自分なりのアレンジを加えたりして出力したものが『お芝居』と呼ばれるわけです。
一個目の『的確に演じられるか』というのがこの読み解いたものをやってるか、って部分にあたります。
『描かれている以上のこと』ってのがアレンジにあたるわけですが、基本的には同じ物語を読んでも10人が10人同じ感情を抱くことはないと思っているので、自分が解釈したまんまのことをやっても、読み手が違う以上その時点でアレンジは加わってると思います、良くも悪くも。
最後の『自分にないアプローチ』ですが、もう問題文に「自分」なんて単語が入ってしまっている以上自分の中から出てくるものは自分にないものなわけがなく、コレはどうやっても自分には出来ないものになります。

わかります?この三つ目がキモなのです。

僕の中では自分がやれることって、自分が読み解いたものを精一杯なぞって的確に表現できるように努力することしかないわけで、この時点で3つの条件のうちの一つはこの先芝居を続けていっても一生満たすことのできない条件なのです。
つまり3つあるはずの『お芝居上手に見えるアームズ』のうちの一つが僕には使えないわけです。
だとしたら僕に残された道は自分の持てるスキルで、精一杯台本に書いてあることを的確にやることだけですが、まず「台本に書いてあることをやる」って、書いてあることやってるだけだから別にすごいことだと思えないわけですw
さらにはお芝居してて長ゼリフで息が持たないとか、出したい音が的確に出なかったとか様々なミスが見つかるもんでして。
そういう場合でも明らかなものでなければOKが出たりもするので周囲には伝わらないレベルではあるんでしょうが、自分的には「読み解いたものを的確に出来なかった」ということになるわけで。
的確にも出来てない者が描かれている以上のことが出来てるわけがないので、僕の中の「お芝居上手」な条件に僕はひとつも当てはまらないわけです。

……そりゃ感覚のギャップ埋まるわけねぇわw
主観と客観の問題による部分も大きいのでだからといって自分がまったく下手くそだとは思いませんが、すげー上手いなー、などという境地には一生たどり着けないでしょうし上手い、というのも客観的な情報でしか判断できないんだろうな、と今回考察してみて感じました。
いやー、お芝居って難しい。
というより人間って難しいw


きっとこの、主観と客観を両方冷静に見つめることができる者が、上に上っていく者なんでしょうね。
サウイフモノニ ワタシモナリタイw
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